GACKTが自身のライブ活動「VISUALIVE」を終わらせた理由

今回、『LAST VISUALIVE』と名前を付けたのも、おそらく、精神的にも体力的にも、できるのはこれが最期になるんじゃないかな?という実直な想いがあったからさ。あとは、「この表演方法を使って演りたい」というアーティストをサポートする側に回るのがボクの役目なのかな?とかさ。そんなことを思ってる。

http://www.excite.co.jp/News/emusic/…

独自の世界観を作り上げ、多数の熱狂的なファンを持つGACKT(ガクト)さん。

GACKTさんのライブは、一般的なミュージシャンが行うライブとは異なる、独特のコンセプトを有しています。
そのライブのスタイルは「VISUALIVE(ビジュアライブ)」と名付けられ、音楽演奏だけではなく、衣裳、舞台、映像、ダンス、あらゆる表現を駆使して、一つの物語を表現します。

さて、そのVISUALIVEですが、2016年の公演をもって完結──すなわち「LAST VISUALIVE」となることが発表されました。

GACKTさんの弁によると、精神的にも体力的にも負担が大きいVISUALIVEのツアーを、これ以上続けていくことは難しい、という判断があったようです。
GACKTさんは、2016年時点で43歳。
確かに、若いころと同じような無茶は効かなくなる年齢です。

GACKTさんは2002年ごろからVISUALIVEの構想をスタートさせているため、すでに14年という長い歳月をVISUALIVEに捧げてきたことになります。

長年VISUALIVEに参加してきたGACKTさんのファンからは、終幕を惜しむ声が後を絶たないようですが、物語というものは終わりがあるから美しい、と納得せざるを得ないでしょう。

しかし・・・。

目標として一度“LAST”と定める必要があった。そこから後は、終わってから考えようって。

http://www.excite.co.jp/News/emusic/…

GACKTさんがVISUALIVEを「LAST」と定めた理由は、常に全力疾走を旨とするGACKTさんにとって、一度ゴールを定め、そこまで走り切る必要性を感じたからのようです。
音楽に対する姿勢や食生活、筋力トレーニングなど、あらゆる面で完璧主義者であるGACKTさんにとって、区切りをつけないままVISUALIVEを続けるわけにはいかなかったのでしょう。

上述のGACKTさんの言葉には、将来のVISUALIVE活動に対する「含み」が存在します。
「LAST VISUALIVE」となる「最期ノ月(LAST MOON)」を終えたあとに、また別のVISUALIVEの方向性や可能性が見えてくることがあれば、きっとGACKTさんは、またそこへ走り出す決意を固めるのではないでしょうか。

いつの日か、GACKTファン、あるいはVISUALIVEファンが狂喜乱舞する「復活の日」がやってくるかもしれません。

GACKTのVISUALIVEを支える「GACKT JOB」とは

GACKTさんのライブ活動を支えるサポートメンバーは、「GACKT JOB(ガクト ジョブ)」と呼ばれ、一般的なソロミュージシャンのサポートメンバーとはやや違った趣きの立場となっています。

GACKTさんの親友でもあるYOU、バンドマスターのChachamaruを始めとしたGACKT JOBの面々は、バックバンド的な立場に限らず、GACKTの活動における様々な面をサポートしています。

伝説のバンド「MALICE MIZER」のボーカルだったGACKTが脱退した理由

GACKTさんはソロ活動を始める前、「MALICE MIZER(マリスミゼル)」というビジュアル系バンドに参加していました(代表曲に「月下の夜想曲」「au revoir(オ・ルヴォワール)」など)。

当時、MALICE MIZERはビジュアル系バンドの中でもカリスマ的な存在であり、バンドは全盛を迎えていました。
そんな矢先、バンドの方針を巡ってGACKTさんとその他のメンバー(Mana、Kozi、Yuki、Kami)が対立。
GACKTさんはMALICE MIZERを脱退し、ソロ活動をスタートさせます(当時は”ガクト失踪!”などと、週刊誌で騒がれもしました)。

このとき、GACKTさんは26歳。
自分の先行きが見えず、不安とプレシャーに押しつぶされそうになっていた初期のソロ活動を支えたのが、前述の「GACKT JOB」の1人である、YOUであったそうです。

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