羽生善治が語る「子どもにとって真に価値ある教育」とは

羽生善治(はぶよしはる)さんと言えば、「史上最強」とも言われる、天才将棋棋士です。

若干19歳で「竜王位」を獲得。
その4年後には、最高位である「名人位」を手中に納めます。

圧巻は、1995年の七冠(竜王・名人・棋聖・王位・王座・棋王・王将)独占。
この七冠独占は史上初となる偉業であり、羽生さんの名声を不動のものとしました。

極めて優秀な頭脳の持ち主である棋士たちの中でも、「別格」とまで言われる羽生さん。
「天才」の一言で済ませてしまうのは簡単ですが、羽生さん自身は、自らの才能について「先天的な要因よりも、後天的な要因の方が大きかったのではないか」と語ります。

「後天的な要因」といっても、いわゆる教育ママ・パパによるスパルタ指導があったわけではありません。
塾通いはしていましたが、それもごく普通の「公文式」の塾であり、特別な英才教育などではありません。
また、父母から将棋の練習を強制されたりといったこともなかったそうです。

羽生さんが将棋を始めたのは、地元のとある将棋道場に顏を出したことがきっかけでした。
その将棋道場には同年代の少年が多く、羽生さんにとっては「遊び場が増えた」くらいの感覚であったそうです。
そんな環境の中、周囲から将棋を教わりながら指しているうちに、羽生さんは次第に将棋の面白さに夢中になっていきます。

駒を動かす中で、新しい発見があり、今までと同じはずの盤上がまったく違って見える。そんな経験は新鮮で面白いと感じました。

http://diamond.jp/…

この「面白い」と感じた経験こそが、羽生さんを七冠独占という偉業にまで導いた原動力だったのではないでしょうか。

もしも羽生さんが、親から強制されて将棋をやらされていたとしたら、例えどれだけ才能があったとしても、将棋に対して純粋に「面白い」と感じることができず、将棋に夢中になって取り組むこともなかったかもしれません。

遊びの延長線上にある環境の中で、自ら「面白さ」を見い出すことができたからこそ、その自身の発見に夢中になり、才能を育てていくことができたのではないでしょうか。

「蓄積された情報」は、日々色あせていきます。むしろ、それをつかむまでの過程や、そこで培った複合的な力のほうが価値があると思います。

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親というものは、教育熱心であればあるほど、自分の子どもに知識や技術を詰め込むことに夢中になってしまいがちです。
しかし本当に大切なものは、親の手を介してでは、子どもに与えることはできないのかもしれません。

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