X JAPANを襲う数々の苦難。YOSHIKIが語る「背負うものの大きさ」

日本ロックシーンのカリスマ的存在であり、アメリカの「ゴールデングローブ賞」のテーマソングの作曲を務めるなどし、海外においても高く評価されている、ミュージシャンのYOSHIKIさん。

しかし、彼のアーティスト活動は、決して順風満帆なものではありませんでした。

心血を注いできたバンド、「X JAPAN」は、ボーカルである「TOSHI」の脱退を受けて、1997年に解散。
その翌年の1998年には、X JAPANのギタリストを務めていた「HIDE」が、33歳という若さでこの世を去ります。

拠点をアメリカのロスに移していたYOSHIKIは、この時期のことを、こう振り返ります。

抜け殻のような2年間でした。過去を、人生の全てを葬りたかった。自虐的になっていましたね。

http://jisin.jp/…

精神的なショックで、2年間ものあいだ、不眠や倦怠感、憂うつ感などの鬱症状に苦しめられ、心身は衰弱の極みにあったと言います。

そんなYOSHIKIさんの転機となったのが、「天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典」における奉祝曲のオファーを受けたことでした。
YOSHIKIさんはこの仕事に全力を注ぎ、「Anniversary」という名曲を生み出します。
当日、天皇皇后両陛下と、大勢の聴衆の前でAnniversaryを演奏し終えたとき、YOSHIKIさんは自身が復活しつつあることを意識したそうです。

その後、YOSHIKIさんは音楽家としての活動を精力的に再開させます。
その象徴となる活動が、2007年のX JAPANの再結成です。
「洗脳騒動」の渦中にあったTOSHIを説得し、再びX JAPANのボーカリストとして迎え入れると、翌年には東京ドームにて大規模なコンサートを成功させます。

再結成後のX JAPANは、「世界進出」を大きな目標として掲げ、精力的にその活動を広げていきます。
X JAPANとしてのバンド活動も、YOSHIKI個人としての音楽活動も軌道にのり、数々の葛藤を乗り越えつつあった矢先、YOSHIKIさんを、そしてX JAPANを悲劇が襲います。

ギタリストであるPATAが、大腸憩室炎および門脈血栓症によって倒れたのです。
PATAの容体は重く、予定されていた新作アルバムのリリースや、イギリスのウェンブリーでの公演も延期されることになりました。

当時のことを、YOSHIKIさんはこう語ります。

PATAと会話できるように状態になった時に、彼は何と言ったと思います?「ウェンブリーに行く」「ウェンブリーで死んでやる」って言うんです。

https://www.barks.jp/…

ロックスター、かくあるべしというPATAの言葉です。

健康に問題を抱えているのは、PATAだけではありません。
YOSHIKIも、2009年には頸椎椎間孔切除の手術を受けるなどし、「100%の回復は不可能」との宣告を受けています。
しかしそんな中でも、YOSHIKIさんはもう以前のように、歩みを止めようとはしません。

背負っているものが大きいので、今は倒れられないです。一段落したらどっかで勝手に倒れると思います

https://www.barks.jp/…

倒れるときは、前のめり──。
X JAPANはまさに、メンバー全員が生粋のロッカーなのです。

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